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丹後観光案内

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雪景色

#3 雪景色(ゆきげしき)

 丹後の雪は、大したことはありません。まあ、ちょっと降るだけで。
 と、最近はそう言うことにしてます。以前は「京都府なのに雪が積もるなんて知らなかったでしょ、ウフフ」てなもんで、何も知らない都会人に丹後の積雪を見せて驚かせてやるべえと意気込んでいたのだが、どうもあんまり驚いてくれない。なんでかというと、まず「京都でも雪は積もる」ということである。今年なんかがそうだったけども、京都というのは何年かに一度は雪が積もって、金閣寺が雪景色になったりします。なので「京都府なのに雪が積もる」ってのはあまり驚くに値しないらしい。それから、京都府であるという点を除いてしまえば単に雪がちょっと積もるというだけであるので、本場である新潟とかあっちの方に比べると丹後の雪なんぞ、どうってことはない。特に最近知ったのだけど、東京人はスキーとかスノボをするために北関東の山とか新潟に出かけることが多いらしく、むしろ丹後人よりも本場の雪を知っている。そういうわけで、丹後は雪が積もるけれども雪国というほどではない。という中途半端な土地なのだと紹介させていただきます。

 ところで、雪が積もるけれども雪国ではないところの丹後はどれくらい雪が積もるのか。説明するのは難しいので気象庁の統計情報からグラフを作ってみました。観測点は峰山中学校にあるそうなのできわめて何の変哲もない丹後の平野部の統計データです。

積雪統計

 まず赤い線、これが最大の積雪深です。すなわち一年で一番雪深くなった瞬間の雪の深さ。最大で1メートルほどにもなっていて、これは結構、大雪と言えるかもしれないけれども、反対に2007年などは最大でも7センチしかなく、これでは太平洋側で偶々まぐれで積もったというのとほとんど差がない。そういうふうに、年によって雪国とそうじゃない国の間を、ある程度の周期性をもって行き来しています。それから、青い線が1年間の降雪量を合計したもので、合計で数百センチは積もる、これはまずまず雪国っぽい数値です。最近は温暖化したという人もいますが激減ではなく、案外平気です。雪国というほどでもありませんけれど、まあ、結構積もっているのです。

 雪が積もる時というのは、一気に積もります。今年の正月は一晩で二十センチほども積もりました。そういう夜に外に出てみると、とても静かです。雪は音を吸収するので、近所の家の晩ご飯を作るまな板の音とか、耳の遠い爺様婆様が目一杯上げたテレビの音とか、遠くを走る車の音とかが全く聞こえなくなる。ただ雪が「しんしん」と降る。漫画で静寂を表現するときに「シーン」という擬音を描いたりしますが、ほんとに「シーン」という音がする。おそらく聴覚から生ずるノイズのようなものだと思うのですが、あまりにも静かなのでそれが聞こえるのです。あるいは雪が積もるときの音なのだという人もいる。
 そして雪が数日間は降り続けて、昼間でも空は黒灰色で薄暗く、外は静まり返り、することもないのでこたつに潜ってみかんを食べる。窓を開ければ「しんしん」、こたつの中から「にゃあ」と鳴く猫。昼飯時の汁の匂い、魚を焼く匂い、まな板の音、これらは音のない雪の中で格別に刺激になります。やがて夜が更けて、冷たい暗闇の向こうから遠雷のように除雪車のチェーンが地面を転がる音がする。
 雪が止むと、ほんの僅かに一日だけ、晴れ間が出たりします。そんなときは陽光が雪に反射されて風景が一気に明るくなる。雪の凹凸がコントラストを生んで、空の青も加わって、景色が驚くほど鮮やかになります。雪が融けて「ぽたぽた」「ちょろちょろ」と音が聞こえ始める。車が走り始める。人が出歩くようになる。寒いけれども、こんな日にちょっと外に出ると、気分が晴れます。冬に太平洋側から丹後へ観光に行く人は陰鬱な日本海側の天気を覚悟しなければなりませんが、大雪の晴れ間に当たればラッキーですし経験する価値があるように思います。

 ところでいきなり古墳の話になるんですけれども、こんなに雪が積もる土地で古墳を造るのは相当に大変だったのではないか、というようなことが以前読んだ本に書いてありました。たしか何かのシンポジウムの内容をまとめた本で、市立図書館の郷土史コーナーにあったはずです。古墳時代は今よりも寒冷だったという話もあって、雪の深さも1メートルくらいでは済まなかっただろうし、例えば12月から3月くらいまでずっと積もりっぱなしだったかもしれない。とするとその間、古墳の建造はストップしなければならず、頑張って土を盛っていた丹後国民の皆さんも家にこもって、「しんしん」という音を聞きながら、猫を撫でて「暇だなあ」って言って寝転がってたかもしれない。いや、狩りに行ったり、ヤマトのほうに出稼ぎに行ったりしてたかもしれないけれど。ともあれ、農閑期の人手を集められる時期に建設できないので、おそらく丹後で古墳を造るのは相当に大変だったのではないか、というのがその本では議論になっておりました。神明山古墳なんて国民全員を農作業そっちのけで働かせても数年はかかるという。それで、結論は忘れたのだけれど、たしか夏の農繁期に農民を駆り出せないので、他所の専門業者に発注したのではないかとかいう、そんな感じだったのではなかったかなあ。しかしそれも当然の話で、例えば「来年度は日本一の丹後タワーを建てよう」って市長さんが決めたとしても、地元にそんなの作れる人がいないので、結局東京とか大阪とかの建設会社に頼まなければならない。古墳時代だってそんなものかなあと、思ったものです。

 さて、ちりめんだよりシリーズの中に雪景色はいくつかあります。今回は百人一首シリーズから「源宗于朝臣」をチョイスしました。山奥の里に、「しんしん」と雪が降り続けている風景です。